前回の記事で
http://magicgao.diarynote.jp/201102090905166525/

自分ではミスの巻き戻しを認める方だと思ってたのが、実はほとんど認めない派だった
ということがわかりました。
(改めて文章でまとめてみることって、自分で気づかないことに気づかせてくれます)

その記事にコメントいただけた方へのレスで、自分は「ミスもゲームの一部」という
言葉を使いました。

何日か経つうちに、だんだんある感覚が自分自身に浸透していきました。
「あ~、そういうことだったんだ」って。

自分のミスも楽しんでたんだって。

http://magicgao.diarynote.jp/201101170835161691/
このレポの1回戦G.1のミス。先制攻撃があるのにヘルカイトでバンザイアタック。

http://magicgao.diarynote.jp/201011021025366978/
このレポの2回戦のG.3のミス。シャーマン同士で相討ちをねらうも、大ドルイドを
忘れてやっぱりバンザイアタック。

こういう時「それってバンザイアタックですけど、巻き戻しますか?」って
言われないほうが有難いです。

自分は巨森の蔦を使ってますし、その前にも岩石樹の祈りも使ってました。
バンザイアタックに見せかけてコンバットトリック、というのも戦法の一つです。

逆にコンバットトリックを警戒してスルーしてくれることを期待したブラフも
戦法の一つ。

そのたびごとに「巻き戻しますか?」と聞かれて、ミスのときだけ巻き戻すのも
潔くないし、トリックがあるということをバラすのもあれだし、「自分のミスだから
いいです」と嘘をつくのも嫌ですから、「巻き戻しますか」と聞かれないほうが
いいですね。

土地事故で大事な星を落とすのもゲームの一部なら、ミスで星を落とすのもゲームの
一部です。だからこそ、あの緊迫した状況を味わうことができるんじゃないかな・・・

あらゆる場面で最適手を選択してゲームを進めたいと誰もが思うことだけど、
そうできないからこそゲームはより一層面白くなっていると思います。

最適手を求めすぎてゲームをつまらなくしてしまうことも避けたいですね。

届きそうで届かない、永遠のクエスト、それがミスのないプレイなのかも知れません。


コメント

うまたん
2011年2月13日7:59

確かにですね。
ミスに一喜一憂して、そのミスで学んだことを次のゲームで
いかせたときとか思い出してムフフしてたりしますw

ガ0-
2011年2月13日21:41

うまたんさん、コメントありがとうございます。

そうなんですよね。ミスした試合のほうが、強く印象に残ったりもしますね。

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